強がりはよせヨ
学部後期課程に進学してから1年が過ぎた。
最近の自分の学校生活はどうかというと、かなり仲の良い友達が多くできて、勉強も楽しめている。というのも、自分の専攻の性質上、少人数の集団で作業を行うことが多く、泊まりの課外授業もあり、更に一人に一つ机と椅子が与えられているため、学科の同級生らと同じ空間にいる時間がかなり長いのだ。いくらコミュ障の自分といえど、授業をさぼることなく登校し、夜は21時頃まで学校で勉強しているので、こちらが拒否をしなければ人の良い同級生らはありがたいことにぼくとも仲良くしてくれるのである。
夏休みには3つの泊まりの課外授業があり、そこでぼくらはあるボードゲームのアプリ版で遊んだ。そのゲームは今でも毎日のようにみんなで遊ぶほど熱中しているのだが、夏休み以降ぼくはそのアプリ内のユーザーネームをあだ名として呼ばれるまで同級生らと打ち解けることができた。
3年ほど前の記事『ひとりぽっちで学ばせて』で、ぼくは同級生と近付くことで自分の素性が明らかになるから、1人で構わないと書いた。こんなに友達ができて仲良さそうにしているのだから、当然自分の素性を明かしているのだろうと思うかもしれない。しかしその実、まだ年齢に関することはきちんと言えていない。夏頃に同級生の前期課程のクラスにぼくと同じ高校の子がいたという事実から、ぼくが現役か一浪か聞かれ、どちらに対しても違うと答えたら向こうが察して聞くのを止めてくれた。要は二浪以上なことはその子やその周りに居た人らには伝わったが、それも自発的な告白ではない。思えば年齢を伝えられるタイミングは他にもいくつかあった。最近では春休みの泊まりの課外授業で、ホテルの部屋で「〜はめっちゃ浪人だよ」「多浪ってこと?」「いや、一浪」という話をぼく以外の二人がしていた。自分はその会話に参加してはいなかったが、話に割って入って告白することだって十分できたはずだ。何も同級生ら全員にそれを打ち明けるという過度に形式張った緊張することをしなくても、数人に伝えることさえできれば、同じ空間にいる他の人らにもその後の会話などで伝わっていくだろう。
こうした不誠実な状況に、引け目を感じていないわけではない。休みの日には言えなかったことを反省し、次からはあまり自分から関わり過ぎないようにしようなどと思ってみるのだが、週明けに登校すれば、空間的な近さもあって向こうが接してくれるのをいいことに、脆い決意すらも初めからなかったように接してしまう。
半年ほども継続的に勉強ができなかったせいで十一年学校に入れなかった自分が、毎日のように朝から夜まで勉強を楽しめているという現状が幸せで、人間関係も将来の自分のキャリアのことも忘れて、ただただ勉強してしまっている。
このままでは良くないということは十分理解している。そして多分、これほど仲の良くなったいま本当のことを伝えたところで、それくらいでは嫌われないだろうという卑怯な見通しもある。
臆病な自分がみなに言えるのはいつになるだろうか。明日には自分の希望する研究室の先生との面談がある。その場でまず、今までも随分お世話になり、これからもお世話になるだろう先生に事実を伝えてみようと思う。この経験が同級生らへの告白に踏み出せるような端緒となることを願って。